情報と金、それにたいして僕らができるすべて

結局、幸福論になろうかと思いますが、情報至上主義の現在に自分ができること、自衛というか自活というか、そういうことを少しでも明確にするためには、人に見られているという前提でアウトプットすることが大切だと思って始めました。

人はたいてい、金もらってもやりたくないことはやらないし、かね貰わなくてもやりたいことはやる。

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 これは結局、失敗した時のリスクを恐れるかどうかという話になると思うんだけど、たぶん、(ただの正論だけども)、失敗してもいいからやりたいことだけをやってるヤツの方が成功する率高いんじゃない。

 

 ストレスもないだろうし、自分できめたことだから、「なんでこんなことで努力しなきゃいけないんだよ」みたいな状況が全くない。

 

 とはいえ、成功とは何を指すかという問題であって、遊園地に行っても観覧車に乗りたがるヤツと速攻でジェットコースターに乗りたがるヤツが両方いて当然だし、仕事してやろうってやつと、私生活で幸せになろうというヤツの両方がいて当然。

 

 昨日も会社の人とコカコーラから発がん性物質が出たニュースのことを話していたけども、コーラを飲まないで死ぬより、コーラを飲んでガンになる人生を選ぶって奇特な人も何人かいましたね。

 

 

自分の場合は、たぶんちょっと怖いジェットコースターを選ぶんだろうな。だけど本当に怖いジェットコースターに何度も乗ることはできない。観覧車にも乗りたいし、ちょっと休んでアイスとかコーヒーとか飲みたい。でもジェットコースターが合ったら、「それがマジで楽しい」って看板がついてたら、やっぱ乗るよね。

 

って、何の話だっけこれ。

 

まぁそれで、仕事って観覧車かジェットコースターの二種類に大別されると思うのよ。仕事で頑張って失敗した時の不幸とか悔しさって、落ちていくときの苦み、股間がうずうずする感じ、乗り切ったゴールの時はジェットコースターがゴールした感じ。進んでいるときだって、スピード感がある方が快感がある。仕事で迷っているときは、ジェットコースターをゆっくりと登っている感じ。

後は、一人でそれに乗るか、また、自分でそのスピードと高度を調整できるようにするか、それとも人にお願いするか、というポイントも残っていはいるけども、まぁともかく、そんなとこだ。

 

自分で決めるんだよな。そういうことは。